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友人に「ソーシャル・ウェブ入門」を献呈しようとして、相手の名前の横に「恵存」と書いてから、はて、これでよかったかと気になって急いでパソコンの前に戻った。大辞林 第二版(三省堂)の説明は、

けいぞん 【恵存】 〔「けいそん」とも〕自分の著述などを贈るとき、相手の名前の脇に書き添える語。「お手元にお置き下されば幸いです」の意。

ところがぐぐってみると、トップに来たのが「恵存を目上に使うのは「失礼だ」と故池田弥三郎氏が書いていた」という話だった。

(後輩が献呈本に)「池田弥三郎先生・恵存」と書いた。この後輩にも言ってやった。君。「恵存」というのは先輩が後輩に贈るときに使うんだ。「おい、とっとけよ」ぐらいの語だ。

ほほう?と思って読み進めると、この文の初出は文芸春秋だったのだが、その後問い合わせが殺到したらしい。池田氏は「この話は吉川幸次郎先生のお説として土岐善麿先生から伺った」としたうえで、

恵存が、かりにもとはどうであれ、今日、謙辞として通用し、慣用していれば、それはその限りにおいて、あやまりではありません。ざれぶみで、とんだおさわがせをいたしました。

と退却したという。 大家の先生方はどんな屁理屈をこねてもなかな自説撤回などするものではないが、池田氏がいたらずらに自説にこだわらなかったところに、いかにも育ちのよい江戸っ子らしい淡白さを感じさせる。

しかしこのブログの記事も面白い。トップに戻ってみると読売TVアナウンサーの道浦俊彦氏の平成ことば事情というブログだった。現在2800回を超えて連載中というから息が長い。いい年をしたアナウンサー(男女を問わず)がデタラメな言葉使いをするのにいつも腹を立てている当方としては、こんな良心的なアナもいるんだと認識した。

ところで、「恵存」のニュアンスの本当のところはどうなのだろう? とりあえず手元の現代中国語辞典(商務新詞典)で引いてみると、 【恵】賜。有所於人的敬辞。恵存。恵我好音。とあって、現代中国語でも「敬語」であるのは間違いないようだ。

ただ当方の献本の相手は気のおけない友人だったので、仮に吉川説が正しくてもあながち失礼には当たるまい、と「恵存」のまま発送した。というわけでT様、お手元に恵存してくだされば幸いでございます。

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コメント
この記事へのコメント
自知卑微渺小,謹存敬畏謙卑之心
http://www.asiademo.org/b5/news/2005/05/20050525.htm
とかあるから謹存はどうしょ。(ムリムリ)
2007/04/08(日) 14:43 | URL | namekawa01 #-[ 編集]
「それでは恵存させていただきます」
とは使えないんですよね。
2007/04/07(土) 17:08 | URL | のぶ #2Whs1QKo[ 編集]
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