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ギャビン・ライアル、キャサリン・ホワイトホーン夫妻については先日記事を書いた。その後、ホワイトホーンが2007年に自伝を出版しているのを知り、さっそく読んでみた。英国人のひねくれたユーモアや英国特有の事情が溢れていて、読むのにけっこう骨が折れるが、内容は実におもしろい。

キャサリン・ホワイトホーンは英国の国民的有名人だ。ジャーナリスト、コラムニストの第一人者であるだけでなく、大学の学長を務めたり、さまざまな公的委員会で働く女性の権利を擁護してきた。テレビ出演も多かったため、有名になりかけていた時代のビートルズの誰かに、とおりすがりに「ホワイトホーンさん、こんにちは」と挨拶されたこともあったという。

おかげでギャビン・ライアルは生前、ときおり、「ミスタ・ホワイトホーン」と呼ばれてくさることがあったようだ。キャサリン・ホワイトホーンは1928年生まれ、今年81歳になる。1932生まれのライアルより4つ年上だ。

「深夜プラスワン」の冒頭になぜかファッションショーのシーンが出てくる。いささか唐突で、しかしえらく臨場感がある。ホワイトホーンの自伝を読んでわかったのだが、キャサリンは駆け出し時代にファッション記者だった。派手なチェックのスカートでパリのファッションショーを取材している若いホワイトホーンの写真が載っている。ライアルもホワイトホーンといっしょにファッションショーを見たことがあったのだろう。

ライアルは終始、おっとり、のんびりした紳士だったが、ホワイトホーンの知る限り生涯に一度だけ喧嘩をしたことがあるという。60年代に、ナイトクラブでホワイトホーンが酔っぱらいのアメリカ人に繰り返し突き飛ばされるのを見たライアルは一瞬の躊躇もなくワインの壜を相手の頭に叩きつけて、割った、のだそうだ。

ライアルの死因は肝臓がんだった。飲み過ぎで肝硬変を起こして以後、13年間酒は止めていたというが、やはりがんに進行するのを止められなかった。飲んでも機嫌がよくなるだけの手のかからない酒飲みだったが、どうかすると何日もぶっつづけて一日中飲んでいることがあったらしい。

しかし、晩年は本のヒットに恵まれず「ぼくは飲んでいたときの方が本が売れた」と寂しそうに言うことがあった。版元のホッダー&スタウトンは「すでに本を売る努力さえ放棄していた。日本だけがギャビンの本に興味を示してくれた。…ギャビンはいろいろと運が悪かった。たとえば、スティーブ・マックイーンが深夜プラスワンの映画化に乗り出したのに、製作に入る直前に急死してしまった」。

ホワイトホーンはずっとライアルが寡作すぎると思っていたようだ。ライアルは逆にホワイトホーンがコラムニスト以外の仕事、委員会やチャリティー、その他名誉職に忙殺されて家を空けることが多いのが不満だったらしい。

しかしそういう不満も小さなことで、ホワイトホーンは生涯ライアルを絶対的に愛していた。ライアルの死後数年は「文字通り泣いて暮らした」という。

二人がさまざまなすれ違いの後、ギリシャに旅行し、ミコノス島で結ばれるまでの恋の進行はホワイトホーンのドライでシャイなタッチで描かれているだけにいっそうロマンチックだ。ライアルの処女作「違った空」がギリシャとエーゲ海を舞台にしているのも理由があったわけだ。

ライアルファンにはもちろん読みどころ満載の1冊だが、それだけでなく英国の移り変わりを内側から女性の目で生き生きと描いた社会史としてもすばらしい。どこかで出版してくれないものか。

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