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英語のcome、goの使い方はときとして日本語の「来る」、「行く」と逆になることがあって面くらわされる。小飼弾氏がブログでcome、goについて「English - comeでイケない理由」というエントリを立てているのを読んでこの問題について前に少し調べたことがあったのを思い出した。

一般的に「来る」は「主語が着目されたナワバリに近づく」ことをいい、「行く」は「主語が着目されたナワバリから出る」ことをいうと考えてよさそうだ。この点では、英語のgo, comeも同じ。

ただし英語の場合は「聞き手」がいる場合は「「聞き手基準」になることがある。(ソース:大英和のcomeの説明など)

-Dinner is ready.(ご飯できたわよ)
-I'm coming! (今行くよ!)

というのは「夕食」が「聞き手のナワバリにある」のでcomeが用いられる例。しかし日本語でも「来る」が「私」を主語に取れる場合もある。

-私は曲がり角に来て迷ってしまった。
-おもえば、私もよくここまで来たものだ。

これらの場合は、話者が「曲がり角」や「ここ」に着目して「そこに近づく」ことを表している。

a) 今晩映画見に行くんだけど、いっしょに行く?
b) 今晩映画見に行くんだけど、いっしょに来る?

a)が普通だが、b)の表現も可能だ。b)の場合、話者の意識はすでに映画館に移っていて、そこに相手が近づくことを表現していると考えられそうだ。

セックスのクライマックスがなぜcomeなのか、諸説あるが、comeが用いられるということは、「行った先(エクスタシー)」を基準にして、そこへ「到達する」イメージがあることは確かだろう。

日本語の場合、イクと表現するのは「自分」を基準にして「その外へ出る=我を忘れる」ことがイメージされているのでだろう。

けっきょくイク、クル、go、comeの使い分けは「移動の起点/終点として着目するナワバリ」をどういう基準でとらえるかによると言えそうだ。この基準自身は言語に内在する論理というより、言語外の文化的な慣習によるところが多いように思える。

と、以前ざっと調べたところでそういう結論だったのだが、弾さんのご意見はいかかだろう?

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コメント
この記事へのコメント
福岡の人に聞いたところによると、あちらではcomeと同じように「来る」を使うことがあるとか。

「明日オマエの家に来るけん」

みたいに。

呼ばれたときに「I'm coming.」と答える例として、Old Black Joeの"I'm coming, I'm coming"を教えてもらったなぁ。たしか中学校の英語の先生だったと思うけど、ずいぶん高級な。(記憶違いかもしれない)
2008/12/12(金) 18:32 | URL | のぶ #2Whs1QKo[ 編集]
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