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ひさびさに文章の力というものを感じた。水村氏は文句なく巨匠だ。 「処方箋」には必ずしも全面的に賛同できないところもあるが、強烈な問題提起力の前にそんなことは小さい問題だと感じた。

書評、となると容易なことではないので、以下まったく断片的感想を。

紀伊国屋でも平積みになっているし、Amazonでも総合84位。こういった硬派ノンフィクションとしては異常な人気のようだ。しかし、バイリンガルでないにしても英語である程度自由にコミュニケーションができる人でないと、著者の危機感をストレートに共有するのは難しいかもしれない。案の定というか、Amazonの書評にもまったく見当外れな批判が一つならず投稿されている。

本書の大きな貢献の一つは、アルファベットを唯一最高の言語表記体系とする19世紀西欧の言語進化史観が明治政府の国語政策に浸透し、その地下水脈が米軍の占領のどさくさにまぎれて跳梁してして日本語の破壊に猛威を振るった事実があらためて紹介されたことだろう。

アルファベット至上主義の言語観は「文字は音声を忠実に記録するだけのものであり、言語の実態は音声のみ」という音声言語至上主義を導く。その観点からは、漢字はひたすら「原始時代の遺物」視される。

現在でもいわゆる「言語学」の主流はこの「音声至上主義」だ。もちろん人間の移動手段を「歩行」だけに限って研究する学問があってもいい。しかしそんな狭い領域を研究する学問で鉄道、自動車、飛行機を含めた現代の交通システム全般について発言されても困る。

ただ、日本語論(漢字の位置づけ)としては、白川静博士の主要著作を資料として挙げておいて欲しかった。漢字が訓読みされることによって日本語の本質的一部となっていった事情について、いち早く体系的な説明をされたのはなんといっても白川博士をおいて他にない。

一方、筆者がアイオワ大学のクリエーティブ・ライティング学部が主催した作家の国際ワークショップへの参加記はそれだけで強烈な印象を残す中編小説として読める。

「片耳にピアスをして髪をつんつん逆立てた」青年と初老の柔和なモンゴルの民主運動家がなぜ友達になったのか? 実は青年はリトアニア人でモンゴル人はモスクワ留学の経験があった。2人はロシア語が話せたのだ。

このエピソードを読んで、T.S.エリオットのThe Waste Land(荒地)の冒頭の一節が突然頭に浮かんだ。女性の告白が突然ドイツ語に変るところだ。

Bin gar keine Russin, stamm' aus Litauen, echt deutsch. (全然ロシア人じゃないんです。リトアニアから来ました。実はドイツ人です)

ロシア領リトアニアに住むドイツ系小貴族という不安な存在がこのドイツ語の一行で生々しく暗示される。マルクス風のレトリックを使えば、「人類は言語によって類的存在となる。ただし、特定の個人は特定の言語を話すかぎりにおいて特定の類に属する存在として規定される」とでも言えるだろうか。

1922年に荒地が書かれてわずか20年後、リトアニアやポーランドでは、ドイツ語を話すかロシア語を話すかが何十万の人々の生死を分けることになる。

さいわい日本人は長年にわたって言語のそういった暴力的な力を感じずにすんできた。明治維新で西洋文明と対峙を余儀なくされたのは一握りの政治指導者と知識人だけで、太平洋戦争の敗北も結果としては日本人の言語にはさして大きな影響を与えなかった。

しかし、世界のインターネット化と英語の普遍言語化は、日本人の言語エコシステムに、長期的に見ると、明治維新や敗戦以上のの変化を強いるものになる可能性があるのではないか?

この「日本語の危機」に際して、水村氏は少数のバイリンガル・エリートを育てよと主張し、小飼氏は全日本人の英語能力を底上げせよと主張しているように思う。

私自身は、優秀なバイリンガル知識人の育成と日本人全体の英語能力の向上は一体不可分だと考えている。富士山の原理で、頂上を高くするには裾野を広げる以外ない。

しかし今の時点では、何か具体的な処方箋を議論するよりも「いまそこにある危機」を認識することの方がはるかに重要だとも思う。

この項つづく

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コメント
この記事へのコメント
興味ある指摘がたくさんありました。さすがなめさん。

この本を最初に紹介してくれた人が「再読、三読に堪える本だと思います。」と書いていましたが、すでにもう一度読みたくなってまます。

白川静の本は読んだことがありません。読まねば。日本語にとっての漢字の重要性については、高島俊男の『漢字と日本人』が面白かったです。

「この項続く」とのこと、楽しみです。
2008/12/05(金) 18:53 | URL | のぶ #2Whs1QKo[ 編集]
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2009/04/21(火) 05:29:10 | 幸せ生活提供します

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