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昨年の暮れ、神保町の古書店で白川静「中国古代の民俗」(講談社学術文庫)を手に入れた。白川静の著書のうちでもあまり知られていないものだが、日本民俗学の方法を中国と日本の古代歌謡に適用するという白川学のモチーフが丁寧に説明されている。

注目は、冒頭の「わが国の民俗学」だ。ここで日本民俗学の一方の源流である柳田国男を「一国民俗学の立場は、その出発において、すでに困難な問題を追うものであった」と厳しく批判し、柳田の静的な民俗学ではなく折口的なダイナミックに起源を志向する方法を採用することを明確にしている。

柳田の一国主義は幕末の尊皇攘夷的国学の流れから来ているのではないか。私は以前から柳田の「常民」絶対視は復古的な反動思想の一種だとにらんでいたから、白川が一国民俗学を強く否定したことは大いに腑に落ちた。

日本というのは成立以来ずっと中国文明の周辺文明であり、明治以後は西欧文明の周辺文明となった。周辺地域の知識人は、往々にしてその現実に反発して一国主義に走る。西欧周辺国のロシアではスターリンの一国社会主義理論が猛威を振るったし、現在のイスラム原理主義も巨視的に見れば周辺地域の反発だろう。

わが国では明治以来、官学アカデミズムが知識の輸入業者のギルドを形成し、いっぽうで国粋主義者が輸入業者に対して感情的に反発するという構図が長く続いてきた。輸入業者は「横のものを縦にする」だけで独創性がなく、独創性を追うものは狭く不毛な一国主義の罠にはまる。

その点、日本と中国の古代を東アジア文明として一視同仁に解明した白川静は偉大な例外といっていいだろう。ただし白川学は漢字文化圏の外にはほとんど視野が及んでいない。そこに思想として見た場合、漢字文化圏を絶対として理想化するあまり、「大東亜共栄圏」や「五族協和」的なユートピア思想につながる危うさがある。

もちろん、これは白川学の本旨とは直接の関係はない。しかし、これだけ白川学が広く知られるようになった場合、必ずしも無視できない危険かもしれない。

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アップデート2: タンカー所有者側の記者会見のビデオ。4分10秒あたりからクレーン艀がタンカーに衝突するまでの状況がアニメーションで説明されている。錨泊しているタンカーの北側を2隻のタグボートでクレーン艀を曳航しながら通過したところで、曳航ワイヤーの1本が切れた。タグボート1隻では風圧に負け、クレーンが風下に流されてタンカーに衝突した。


アップデート1:問題のクレーン艀とタンカーの衝突の状況はJoongAng Daily(中央日報)の英文記事によると、以下のとおり。

海上保安庁によると、サムスン所有のタグボートと艀の船長たちは、強い潮流により海が荒れることを認識していたにも関わらず、(2007年)12月7の早朝、出港した。

沿岸運航管理センターは1時間にわたり安全措置を促す緊急警告の呼びかけを行ったが、タグボートと艀の船長らは、これに反応しなかった。

海上保安庁は、一方でタンカーの船長も衝突の危険を認識し、衝突を避けるのに十分な時間があったはずだとしている。捜査によると、タグボートが艀を曳航しているワイヤーが切れたのは午前6時52分で、この時点でタンカーは1ないし2海里の距離にあったという。艀がタンカーに衝突したのは午前7時6分だった。

つまり、ワイヤーが切れてから14分後にクレーン艀がタンカーに衝突している。14分は26万トンの原油を積載して錨泊中の大型タンカーが回避行動を取るのに十分な時間とは考えにくい。状況がこのとおりなら、民事責任は別としてタンカー側の刑事責任を問うのはやはり無理があるのではないか。


1月2日の朝鮮日報に掲載されたインド人たちの反韓デモというコラムで趙正薫(チョ・ジョンフン)記者は次のように事態を憂慮してる。

怒りに満ちたインドの人々は、彼らの主張通り「韓国に深刻な打撃を与える」可能性がある。韓国政府は正確な状況把握と、それに基づく対策を立てなければならない。ただでさえ苦しい国の経済が、とんでもない理由で破たんするのを黙ってみているようなことは、あってはならない。

これは2007年12月に停泊中の香港船籍のタンカーにサムスンのクレーン船が衝突、大規模な原油流出が起きた事故に関連してタンカーの船長と航海士(いずれもインド人)に禁固刑が課されたことが発端だ。

Finacial Timesの記事によると、当時タンカーは錨泊中で、クレーン船はタグボートで曳航されていた。ところが荒天で曳航ワイヤーが切れてクレーン船が漂流し、タンカーに衝突、船腹に穴を開けた。タンカー側船長ら一審では無罪だったが、高裁で逆転有罪となった。停泊していて当てられた被害者が禁固刑では海員組合やインド側が激しく抗議するのは当然だろう。

韓国は典型的な加工貿易経済だ。このような一種の海上封鎖を受ければ即刻深刻な影響が出る。また中長期的にはインドという大きな市場を失うことにもつながりかねない。封鎖が長期化すれば当然日本にも影響が出る。

ところが異常なのは、「韓国 インド タンカー」で検索してみると、マスコミのソースは冒頭の朝鮮日報のコラムしかヒットしない点だ。あとはすべて2chのスレッドと個人のブログだ。新聞やテレビの影響力低下がいわれているが、なるほど、こんなことでは、日本のマスコミはいらない、かも。

当方、ギャビン・ライアルの熱烈なファンだ。代表作「深夜プラスワン」はあまりに何回も読んだので、冒頭のパラグラフ、It was April in Paris, so the rain wasn't as cold as it had been a month before. Stil, it was too cold for me to walk through it just to see a fashon show. I wouldn't find a taxi until it had stopped raining, and when it stopped I wouldn't need one. ...etcと暗唱できるくらいだ。

しかし、元SAS将校が活躍するアクション・スパイものマキシム少佐がシリーズが終った後、第一次大戦前夜を舞台にした歴史スパイ小説のシリーズにはどうも手が出なかった。実は「深夜プラスワン」を代表作とする初期のハードボイルドものに比べて、マキシム少佐シリーズはいささか迫力不足だったため、がっかりするのがいやであえて無視していたところもある。

しかしたまたまこのシリーズの第2作「誇りからの決別」を古本屋の店先で立ち読みしたところ、圧倒的におもしろい。この正月休みに4作一気読みした。

時代は1913年から14年。重苦しい緊張が高まる第一大戦前夜のヨーロッパが舞台だ。実は英国秘密情報部の歴史は意外に浅く、1909年に誕生したばかりだった。主人公は名門の出身の若き砲兵大尉マシュー・ランクリン。兄の投機の失敗の巻き添えで破産寸前に追い詰められ、ギリシャ軍の傭兵に身を落としてトルコと戦っていたところを誕生したばかりの情報局にスカウトされる。ランクリンをスカウトした局長は風貌といい、ロールスロイスを暴走させる奇矯なキャラといい、実在の初代秘密情報部長官、サー・ジョージ・マンスフィールド・スミス=カミング(Sir George Mansfield Smith-Cumming)海軍中佐(後、大佐)がモデルだ。

ちなみに、英国秘密情報部長官が代々、「チーフ」と呼ばれ、グリーンのインクで"C"と署名する伝統はカミングが始めたもの。ル・カレのジョージ・スマイリーもチーフ代行に就任した際には伝統のグリーンのインクを使っていた。

ランクリン大尉はアイルランドで任務遂行中に知り合ったアイルランド独立運動のメンバー、オギルロイをスカウトしてコンビを組む。局長、ランクリン大尉、オギルロイ、ランクリンの恋人でアメリカの大富豪の娘で自身も父の銀行の経営に携わる才色兼備の女性コリーナ・シェリングがシリーズを通してのレギュラーメンバーだ。

プロットも快調だが、なんといっても読みどころは当時の国際情勢から風俗のディテールまで圧倒的な情報量だ。どこでどうやって調べたのと呆れる。またルイス機関銃、ドイツ軍の軽量山砲などの新兵器も登場する。第2作「誇りからの決別」で重要な役割を果たす実用化間もない飛行機の描写も圧巻。

第4作、「誇りは永遠に」の献辞は、妻、キャサリン・ホワイトホーンに捧げられている。結局これがライアルの遺作となってしまった。もしかすると本人にもその予感があったのかもしれない。

ホワイトホーンは辛口のユーモアで知られる英国では著名なコラムニストだ。「本番台本」の女性弁護士J.B.ペンローズから「深夜プラスワン」のジネット・マリス伯爵夫人、そしてランクリン大尉シリーズのコリーナ・シェリングまで、ライアルの作品を彩る颯爽たる女性たちのモデルはキャサリン・ホワイトホーンに違いない。1956年にPicture Post誌の写真特集「ロンドンの孤独」のモデルをつとめてその知的な美貌がセンセーションを巻き起こしたという。

ここに最近の写真もある。1928年生まれだから、今年は81歳になるはずだが、依然、若々しい。

時代背景から考えてシリーズのクライマックスは第一大戦における秘密情報の活躍だったはず。ライアルの健康があと10年もてばと惜しまれる。70歳は早すぎる死だった。

明日のMacWorldでスティーブ・ジョブズが基調講演をしない理由はやはり健康状態だった。ホルモンバランスの失調でタンパク質の合成に問題が生じていたが、深刻なものではないと説明されている。

業界メディアはこぞってジョブズの不登場をAppleのマーケティング政策の変化(トレードショーの役割の縮小)のせいだと主張していたが、はっきりいってAppleの広報のお先棒を担いだだけだったことになる。

この大不況下、業界関係者が消費の牽引役としてのジョブズのカリスマにワラをもすがる思いをしていることが読み取れる。

今年はクラウド・コンピューティングの年になる。実体がついてくるのは少し先になるかもしれないが、バズワードとして広まることは間違いない。

日経コンピュータの2009年1月1日号は「エンタープライズクラウド 基幹系システムを捨てる日」という特集を組んでいる。「米国で沸き立つ雲」という記事の大手ベンダー勢力図が鳥瞰図として分かりやすい。

MSのバルマーのインタビューも要注目だ。

  • MSはクラウドに総力で当る
  • MSのクラウドとはソフトウェア+サービス
  • Googleのようにブラウザ一辺倒のサービスではない
  • Amazonは所詮、小売業。エンタープライズ対応は無理

と熱弁。

いっぽう、クラウドとグリッドの"微妙な"関係でリンクを見つけたが、15 Ways to Tell Its Not Cloud Computingには笑った。もちろん極論だが、そこが面白いので訳してみる。

  • ラベルを剥がしてみたら“Grid”、“OGSA”と書いてあるようなら…クラウドではない。
  • ベンダーに40ページの仕様書を送らねばならないようなら…クラウドではない。
  • 個人のクレジットカードで契約できないようなら…クラウドではない。
  • ハードウェアを売りつけられるなら…クラウドではない。
  • APIが提供されないなら…クラウドではない。
  • 既存システムのアーキテクチャーを変更しなければならないなら…クラウドではない。
  • 導入に10分以上かかるなら…クラウドではない。
  • 取りやめに10分以上かかるなら…クラウドではない。
  • マシンの所在地が分かっているようなら…クラウドではない。
  • コンサルタントが同席しているなら…クラウドではない。
  • 事前に必要なマシンの台数を指定しなけれならないなら…クラウドではない。
  • 一種類のOSしかサポートしていないなら…クラウドではない。
  • 自分のマシンから接続できないなら…クラウドではない。
  • ソフトをインストールしなければならないなら…クラウドではない。
  • 自分でハードウェアをすべて所有しているなら…クラウドではない。

この15項目をすべて満たすサービスなど厳密にいえば現在の時点では存在しないはずだが、それでも言いたいことは伝わってくる。

Amazonのウェブサービスの概要と使い方をステップ・バイ・ステップで分かりやすく説明している。著者は斎藤社長をはじめとする株式会社学びingのスタッフ。学びingは、「遊びながら知識を深めることができるオンライン・エデュテイメント」として人気のけんてーごっこを開発、運営しているスタートアップだ。

本書が優れているのは、実際に「けんてーごっこ」を始めとする商用システムをAmazonのウェブサービスに移転した経験を元に書かれているところだ。文字通り会社の命運を賭けて成功した記録だから迫力が違う。

本書ではクラウド化のメリットが簡潔に説明されているが、たとえばコストについてはこうだ。大規模なコミュニティーサイトを構築する場合、

  • 自社構築: サーバ15台 初期費用231万、月額運営費70万
  • Amazon EC2: EC2のインスタンス15台 初期費用ゼロ 月額運営費12万
 

とすでに圧倒的に差がつく。

しかも、自社構築ではトラフィックの急増に簡単に対応できない。

このブログでも何度か紹介したAnimotoの場合、TechCrunchに紹介されたとたんに爆発的にトラフィックが増えた。AnimotoはEC2を利用していたので、仮想サーバのインスタンスを50台から即座に350台に増やしてサービスを支障なく継続することができた。

また私も有料版を利用しているオンライン・ストレージ&同期サービスのDropboxもAmazonを利用している。大規模なサービスではTwitter、Second Lifeがユーザーとして有名だ。

コンピューティング・パワーは電力と同様、コモディティー化する。近々、サーバを社内に置く(あるいは借りる)というのは、現在、病院やホテルが自家発電装置を地下に設置しているのと同様、主として非常時のバックアップの意味しかなくなるだろう。

製鉄所や石油コンビナートが大規模な発電装置を自前で持っているように、大手銀行などは自前の電算センターを持ちつづけるだろう。しかしそれらはあくまで例外だ。

経済環境の激変にともなって、クラウドコンピューティングは明日や明後日の話ではなくなりつつある。今年の暮れには移行に先手を打ったライバルとの競争に直面しているかもしれない。

この本は経産省からAmazonに転身された渡辺弘美さんがFacebookで紹介していたので発見できたのだが、Amazon自体からもオンライン/オフライン・セミナー、ビデオなどのカスタマー向けサービスが提供されることを期待したい。

なにはともあれ、手始めに本書の一読をお勧めする。同社の運営する情報サイトクラウドニュースも参考になる。

ロンドンのThe TimesがGoogleは環境破壊の元凶だといった趣旨のセンセーショナルな記事を掲載したあげく、でっちあげだと暴露されてしまった。これが真実: The Times紙はGoogleとやかんのお湯の話をでっちあげ

タイムズといえば、昔は威信はたいへんなものだった。特に英国では読むべき新聞が階級によって決まっていて、上層中産階級、上流階級はいやでもタイムズを読まねばならないものとされていた。第2次大戦前の冗談らしいが、さる伯爵の前に執事が現れて来客を告げて言うには、

閣下、ただいまタイムズからの紳士がお一人、新聞記者が数人参っております。

このあたりの雰囲気は映画「日の名残り」でヒュー・グラントのタイムズ記者がジェームズ・フォックスの伯爵邸に出入りするシーンによく描かれている。

タイムズはしばらく前にもYahoo買収関連でTechCrunchに「いいかげんな記事を書くな」とののしられている。新聞社はどこも苦境にある。タイムズも貧すれば鈍す、なのだろうか。

一方、Google 検索に伴う二酸化炭素排出量に関する記事に各方面から反論という記事で「英国の大衆紙『The Times』紙が11日付の日曜版に同氏の研究に関する記事を掲載したことで、」という一節が目についた。原文を見たが、what happened after the Sunday London Times published an article about his work...と、もちろん、どこにも大衆紙という表現はない。The Sunday Timesはタイムズ社の発行する高級日曜紙だ。(原文がLondonを挟んでいるのはニューヨークタイムズと区別するための注釈)。なんにしてもThe Timesは大衆紙ではない。

時間に追われたリアルタイム翻訳をやっていると、一瞬なにかの拍子に妙な思い込みをしてそのままかちゃかちゃとキーボードを叩いてしまうことがある。特に親切のつもりで原文にない注釈を入れるときが危ない。私も同僚、読者の指摘で大慌てて修正したことが何度かある。心せねば。といっても、自分で気がつくくらいなら思い込みとは言わないので、やっぱり難しい。くわばら、くわばら。

ニューヨークタイムズが報じたところによると、AppleのCEO、スティーブ・ジョブズはApple社員へのメールで「健康上の問題のため6月末まで休養を取る」と告げたという。JobsのCEOの地位に変化はなく、不在中の業務についてはCOOのTimothy D. Cookが責任者となる。

このメールでは健康状態の詳細については明かされていないという。しかし、ジョブズが経営の第一線を退くのはいよいよ時間の問題となってきたようだ。

俳優、プロデューサーのパトリック・マクグーハンが2009年1月13日、ロサンゼルスで亡くなった。享年80歳。

マクグーハンといえばなんといってもNo. 6役だろう。プリズナー No.6は60年代末に短期間放映され、以後長くカルト・ムービーとなった。雷鳴が鳴り、浜辺荒野(滑走路?)をロータス・セブンで疾走してくるオープニングが印象的。マクグーハンはプリズナーでは、主演を務めた他にプロデューサー、監督としてもかかわっている。

日本で公開されたTV番組では刑事コロンボにも何作か出演している。プリズナー以前の「秘密諜報員ジョン・ドレイク」も面白かった。小山田宗徳の吹き替えの声がイメージに合っていた。

YahooのCEOがやっと決まったが、市場がもろ手を上げて歓迎する空気ではない。

TechCrunchの記事元AutodeskのCarol BartzがYahoo CEOに就任(WSJ)。今後の動向やいかに?に詳しいが、バーツにはコンシューマ向け企業の経営の経験がない。またジェリー・ヤンに近すぎる。資金繰りの監視、レイオフやリストラといった業務には辣腕でかもしれないが、苦境にあるヤフーをどこへ導いていくのか、グランドデザインがある人物のようには見えない。年齢も60歳と若くはない。

火だるまになってで辞任に追い込まれたジェリー・ヤンが、影響力を残したまま経営の顔だけすげ変えるのに古くからの知人を選んだのではないかという疑いが残る。

ヤンの辞任で多少持ち直した株価も、現在はまさに模様ながめ。バーツにMicrosoftへの全社ないし検索事業の売却をまとめる力がないと分かれば、また一気に失望売りが浴びせられるだろう。

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私は、美空ひばり、吉永小百合、スティーブ・ジョブズには興味がもてない。嫌いというわけではなく、それぞれ蓋世の偉大な歌手、女優、実業家とは思うが、要するにファンではない。

そこでジョブズが6ヶ月の病気療養に入るといわれても、熱狂的なファンが、ジョブズがいなくてもAppleは盤石と涙目で唱えているのが少々こっけいだという以外、特にオリジナルな感想も浮かばなかった。もちろんAppleほどの巨大企業がジョブズが去っただけで雲散無消するわけはない。ナポレオンがセントヘレナに流されてもフランスが亡びたわけではないのと同じだ。

と、そこでマイク・アリントンが冷静でバランスの取れた要約をしているのに気づいた。面白かったのは文章よりむしろ、チャーリー・ローズ・ショーでのトークのビデオなのだが、どうもすでに取り下げられているようだ。しかし、いちおうリンクを貼っておく。Apple教と、信仰対象としてのスティーブ・ジョブズ

Appleは「営利宗教」だというアリントンの指摘は鋭い。アリントン自身、MacとiPhoneが手放せない熱心なAppleファンなのだが、ブロガーとしての発言はそれとは別に客観的だ。ナポレオンが去った後のフランスは普通の国に戻った。ジョブズが去れば、Appleは時間と共に普通の営利企業に戻るしかない。

ギャビン・ライアル、キャサリン・ホワイトホーン夫妻については先日記事を書いた。その後、ホワイトホーンが2007年に自伝を出版しているのを知り、さっそく読んでみた。英国人のひねくれたユーモアや英国特有の事情が溢れていて、読むのにけっこう骨が折れるが、内容は実におもしろい。

キャサリン・ホワイトホーンは英国の国民的有名人だ。ジャーナリスト、コラムニストの第一人者であるだけでなく、大学の学長を務めたり、さまざまな公的委員会で働く女性の権利を擁護してきた。テレビ出演も多かったため、有名になりかけていた時代のビートルズの誰かに、とおりすがりに「ホワイトホーンさん、こんにちは」と挨拶されたこともあったという。

おかげでギャビン・ライアルは生前、ときおり、「ミスタ・ホワイトホーン」と呼ばれてくさることがあったようだ。キャサリン・ホワイトホーンは1928年生まれ、今年81歳になる。1932生まれのライアルより4つ年上だ。

「深夜プラスワン」の冒頭になぜかファッションショーのシーンが出てくる。いささか唐突で、しかしえらく臨場感がある。ホワイトホーンの自伝を読んでわかったのだが、キャサリンは駆け出し時代にファッション記者だった。派手なチェックのスカートでパリのファッションショーを取材している若いホワイトホーンの写真が載っている。ライアルもホワイトホーンといっしょにファッションショーを見たことがあったのだろう。

ライアルは終始、おっとり、のんびりした紳士だったが、ホワイトホーンの知る限り生涯に一度だけ喧嘩をしたことがあるという。60年代に、ナイトクラブでホワイトホーンが酔っぱらいのアメリカ人に繰り返し突き飛ばされるのを見たライアルは一瞬の躊躇もなくワインの壜を相手の頭に叩きつけて、割った、のだそうだ。

ライアルの死因は肝臓がんだった。飲み過ぎで肝硬変を起こして以後、13年間酒は止めていたというが、やはりがんに進行するのを止められなかった。飲んでも機嫌がよくなるだけの手のかからない酒飲みだったが、どうかすると何日もぶっつづけて一日中飲んでいることがあったらしい。

しかし、晩年は本のヒットに恵まれず「ぼくは飲んでいたときの方が本が売れた」と寂しそうに言うことがあった。版元のホッダー&スタウトンは「すでに本を売る努力さえ放棄していた。日本だけがギャビンの本に興味を示してくれた。…ギャビンはいろいろと運が悪かった。たとえば、スティーブ・マックイーンが深夜プラスワンの映画化に乗り出したのに、製作に入る直前に急死してしまった」。

ホワイトホーンはずっとライアルが寡作すぎると思っていたようだ。ライアルは逆にホワイトホーンがコラムニスト以外の仕事、委員会やチャリティー、その他名誉職に忙殺されて家を空けることが多いのが不満だったらしい。

しかしそういう不満も小さなことで、ホワイトホーンは生涯ライアルを絶対的に愛していた。ライアルの死後数年は「文字通り泣いて暮らした」という。

二人がさまざまなすれ違いの後、ギリシャに旅行し、ミコノス島で結ばれるまでの恋の進行はホワイトホーンのドライでシャイなタッチで描かれているだけにいっそうロマンチックだ。ライアルの処女作「違った空」がギリシャとエーゲ海を舞台にしているのも理由があったわけだ。

ライアルファンにはもちろん読みどころ満載の1冊だが、それだけでなく英国の移り変わりを内側から女性の目で生き生きと描いた社会史としてもすばらしい。どこかで出版してくれないものか。

橘川組の企画会議で東京へ。時間調整に神保町から淡路町へ歩き、池波正太郎ワールドを散歩。

蕎麦のまつやにははや行列が。ここの天もりは巨大なエビが2本ついてくるがお値段もいい。天南蛮はサイマキが3本、いかだ状態で揚っている。このサイマキの天もりがあればいいのだが。

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まつやの2筋先の路地を左に入ると、あんこう鍋のいせ源。向かいが汁粉の竹むら。

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まつやのすぐ先の路地を入って鳥鍋のぼたんの前を通り越して、ずっと突き当たると神田やぶそば。ちょうど時分どきだったので小田巻(具だくさんの茶碗むし)で燗酒の後、緑がかった独特のせいろ。

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で、ちよだプラットフォームスクエアだが、もともと千代田区が外郭団体を入れるために建てたビルだったらしい。現在は民間企業が借りてSOHOのインキュベーションを始め、地域活性化のプラットフォームにしている。内装はいかにもお役所ベースの地味なビルだが、管理は行き届いているし、必要な設備もそろっている。なにより、神田錦町河岸交差点に面していて、東西線竹橋から徒歩2分。神保町からでも10分くらいと至便だ。

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デメ研ではこの会議スペースを利用していろいろと企画中。当方も1,2アイディアがあるので、具体化したらご紹介していきたい。

橘川企画会議の後、連れだって神保町の東京古書会館の地下の古書展へ。ホーンブロワーものや「アフリカの女王」で有名なフォレスターの第二次大戦もの「巡洋艦アルテミス」とフィリップ・K・ディック唯一のジュヴナイルSF、「ニックとグリマング」を発見、速攻で買った。

巡洋艦アルテミスはクレタ島を防衛する英軍のために物資を輸送する船団の護衛にあたる英海軍の軽巡アルテミスの奮戦を超細密リアリティーで描いている。駆逐艦キーリングと並んで第二次大戦海洋ものの傑作だ。ニックとグリマングにはグリマングやウーブといったディックお得意の不条理動物が総出演。ジュヴナイルとはいえ(というか、それでいっそう)ディック・ワールドを繰り広げる。

橘川もなにやら数冊掘り出し物を発見したようだ。しかし部屋一杯の2万冊くらいありそうな古本の中から一回りしただけで自分の欲しい本だけがすぐ目に入るというのは人間の眼の検索能力というのもたいしたものだw

TechCrunchがYouTubeで発見した沿岸警備隊のビデオ。

開始後2:01あたりで画面左手からUSAir機が進入、着水。2:36でカメラのオペレータが変事に気づき、ズームイン。主翼上に乗客が避難。4:15あたりで付近を航行中のフェリーが現場へ急行。6:00で到着、救助を始める。機長の的確な判断と神業的操縦、フェリーの船長や救急隊の活躍など、どれひとつ欠けても大惨事になってい。たしかにハドソン川の奇跡だ。

オブジェクト指向技術やウェブ2.0などの破壊的革新が起きると必ず「そんなものは流行語だ。実体なんかない」と水をかけにまわる合唱が起きる。ある技術が本当に重要なものかどうかは、「そんものは流行語にすぎない」という声の大きさで判断できるといってもいいくらいだ。

ジェームズ・ワットが新型の蒸気機関を発明したときにこの種の評論家がいたら「そんなものはニューコメン氏がとうに発明しているから新味のない改良にすぎない。そもそも蒸気機関などというものは初期コストが高く、高価な石炭を燃やすので運転費も高い。維持管理のために訓練を受けた専門家が必要。鉱山の水汲みなどタダ同然の労働力がいくらでも使える。産業革命など実体のないバズワードにすぎない」と言ったにちがいない。

クラウド・コンピューティングの進展は既存のIT関係業者のほとんどにとって打撃となる。時流に敏感な層から<実体なんかない!あっては困る!>という悲鳴とも呪詛ともつかぬ声が上がるのも無理はない。

しかし大企業の社内電算室系サラリーマンの大半はまだそこまでの危機感ももっていないのではないか。ある日、IT予算が大ナタを振るわれ、基幹業務が外注されることになって仕事がなくなるという不快な驚き経験することにならないよう、準備を怠らないことが大切だと思う。今からクラウド化の推進を主張していれば、実際に大ナタが来たときにリストラを免れる可能性が高い。

「クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの」(西山宗千佳著・朝日新書)はクラウド・コンピューティング入門としてよくまとまっている。著者は家電、ゲームからAV機器まで幅広く書いてきたジャーナリストなので目配りは広い。予備知識の少ない読者にも読みやすいだろう。

ただし、現状や背景の説明が詳しいわりに、クラウド・コンピューティングそのものについての具体的な情報はあっさりしている。先頃紹介したAmazon EC2/S3 クラウド入門と併せて読むとよいと思う。

月曜(1/19)、晴。午前中、市ヶ谷の技術評論社にお邪魔して斎藤さんと打ち合わせ、クラウドコンピューティングについて雑談。その後、牛込中通りを少し上ってソシオメディア社へ。篠原社長とランチ。学びingの「クラウド入門」が面白いと勧める。篠原さんがAmazon Kindleを取り寄せ中と聞いて、来たら見せてもらうようお願いする。私はKindleにはものすごい可能性があると考えている。牛込中通りをさらに上りアディダス、旺文社の前を通り過ぎると新潮社。おつきあいのある会社が歩いていける範囲に集中していて便利だ。出版局の庄司さんと打ち合わせ、雑談。庄司さんは自他ともに認めるiPhoneフリーク。いろいろ見せてもらう。神楽坂から地下鉄で神保町へ。平凡社の下中さんとひさしぶりに会って馬鹿話。腹筋が痛くなる。深夜帰宅。TechCrunchの翻訳少々。

雑誌大不況をものともせず、マガジンハウスからOily Boy創刊。(前宣伝では雑誌ということだったが、後でよくみるとムックだった)。ポパイその他、数々のドル箱雑誌を作ってマガジンハウスの今日の大をなさしめた伝説的編集者、木滑良久氏が直々にプロデュースしている。

マガジンハウスとは縁が薄いが、それでもはるか昔、一度だけBrutusの仕事を手伝ったことがある。スコッチの飲み方をどうするとかいう話で、私がたまたまソーダサイフォンを持っていたので、契約編集者に能書きをたれたところ、それを貸してくれという。東銀座のマガジンハウス本社の地下スタジオでの撮影にで、ソーダサイフォンを持参、スコッチにサイフォンからソーダを注ぐところを撮られた。つまりBrutusで手タレをやったことになる。

Oily Boyは吉田茂の側近で連合軍総司令官マッカーサーと一歩も引かず渡りあったという伝説の快男児、白州次郎氏の英国留学時代のニックネームだったという。中年になったポパイ世代向けのビジュアル情報誌ということらしい。たしかに見てたいへんに美しい仕上がりだ。

しかし、編集後記を見ると、木滑氏がこう書いていた。

この間テレビで放送されたデジタルネイティブという番組を見た。生まれたときからIT世界に生きている世代の話だ。この番組を見て正直いってガックリきた。現実世界とバーチャルな世界を往ったり来たり(略)この世に生きているのもあとわずかな身にとって長居は無用かなとまで考えた。

おやおや。グーテンベルグの活字印刷術の発明以来、人類史上2度目の知の革命がいよいよ本格化しているという時代に、いささか寂しい感想ではないだろうか。編集後記対向の表3は自社広告だったが、今後の健闘を祈りたい。

孔子が政治で一番大事なことは何かと尋ねられて「必ずや名を正さんか(論語・子路)」と答えている。

自動車が登場したとき「馬なし馬車」と呼ばれた。無線(ワイヤレス)というのもそれまでの電信に対して「線がない」という命名。保守的なイギリスでは未だにラジオのことをワイヤレスと呼んでいる。ラジオというのは放射(radiation)からの造語で、こちらは前向きだ。

自動車(自ら動く乗り物=automobile)も前向きの態度での造語だが、こちらは日常生活への普及と同時に、馬車以前の車(car)という普遍的名称への先祖帰りが起きているのが面白い。

マーシャル・マクルーハンのアフォリズムの一つに「人類はバックミラーを見ながら未来へ入っていく」というのがある。未来そのものは見ることができない。未だ存在しないからだ。そこで人間は新しいものが現れると過去の枠組みに無理やり当てはめて未来を類推しようとする。それが「馬なし馬車」であり「ワイヤレス」に現れる態度だ。

が、変化によって不利益を被る人間は、すでに事態が過去からの類推を許さなくなっているのに古い名前に固執することで過去の枠組みを守ろうとする。

名前というのは(ウンベルト・エーコを持ち出すまでもなく)、対象と独立に恣意的に付けたり外したりできる飾りではない。名前とは人間のモノの見方、世界に対する態度そのものだ。

世の中に全くの無から有が生じたのはビッグバンで宇宙が誕生した時だけだ。それ以後は、あらゆる現象は先行する現象からの変化として生じている。

したがって「そんなものは前からあった。新しく名前をつけているだけだ」という非難は、往々にしてそういう変化を否定したい態度から出ている。実態になにも変化がないところに新しい名前を提案しても人が使うようにはならない。企業がCMに莫大な金をかけているにもかかわらず驚くほど貧弱な成果しか上がっていないのを見ればわかる。

新しい名前を人が使うようになるということは、それ自身がこの上なく重大な事件である。だからこそ「必ずや名を正さんか」なのだ。

考えれば孔子も春秋後期という激動の時代に生きていた。孔子はおそらく初期周王朝を理想とする復古主義的立場から「名を正そう」としたのだろう。しかし「名前の力」を正しく認識した最初期の思想家の一人ではあった。

来年5月末に巨額の借金返済期限を迎えるニューヨークタイムズは本社ビルを抵当に入れる代わりに、メキシコの大富豪、カルロス・スリム(Carlos Slim)から転換社債で2億5千万ドルを借入れる契約を結んだことを明らかにした。

カルロス・スリムはメキシコ最大のテレコム企業Telmexのオーナーで、世界最大の富豪の1人という。

報道によると、売却された社債は株式に転換された場合でも創業家が「特別優先議決権」を持っているため、経営に直接影響を与えることはできないとされている。

しかしNYTの苦境は議決権で解決できる問題ではない。ものを言うのはキャッシュだ。

ウォールストリートジャーナルを買収したのは同じ新聞人、ルーパート・マードックだった。それに比べてニューヨークタイムズの選んだパートナーは、B級アクション映画に出てきそうだ。「007/ロシヤより愛をこめて」でショーン・コネリーを助けたメキシコ人俳優ペドロ・アルメンダリスにちょっと似た愛想のよそうなオヤジではあるが。

朝日新聞の報道によると、例の「オレは警察キャリヤだ。千葉県警本部長を呼べ!」の暴言トレー投げ警視が事実上クビになった。

警察庁のキャリア官僚が成田空港で、国際線航空機への持ち込みが制限されている100ミリリットルを超える液体物の持ち込みをめぐって女性検査員とトラブルになり、この検査員に検査用トレーをぶつけていた問題で、千葉県警は22日、同庁人事課課長補佐の増田貴行警視(36)を暴行の疑いで書類送検した。警察庁は同日、警視を停職3カ月とする懲戒処分を決めた。警視は同日付で依願退職した。

 同庁は「暴行や無届けの海外旅行に加え、テロ対策に協力すべき警察官が自分の身分を示してチェックを免れようとした行為は極めて遺憾な信用失墜行為だ」としている。

他の報道によると、既婚者であるにもかかわらず知人の女性と私的なドイツ旅行に行くところだったという。また民間企業時代からとかくの問題があったらしい。試験の成績がさしてよかったとも思えないのに(2度落ちているという)、なぜ警察庁がこんな男を拾ったのか謎だ。

しかし、警察庁の対応は海上自衛隊に比べるとこれでもまともだ。海上自衛隊では漁船を沈めて2人も殺した艦長始め乗組員を擁護して、悪いのは漁船だったと理解しがたい主張を繰り返している。最近では自分で借り上げた訓練海域監視の漁船に潜水艦がコースを外れて潜望鏡を当てている。守屋天皇事件といい、こっちの問題の根は深そうだ。

日販柴田さんとランチ。進行中のGoogleをテーマにした新書の企画につきいろいろお知恵を拝借。

柴田さんに「これどうです?」とThe Art of Profitabilityを勧められた。著者のスライウォツキーは東海岸インテリらしく参考文献リストには孫子の兵法からアシモフまで古典が上がっている。そういえば表紙(ハードカバー)のデザインは漢字の「三」をモチーフにしているようだ。企業が利益を上げる方法を23の類型に分類している。これも孫子の兵法的。おもしろい。

ダイヤモンド社から邦訳プロフィット-利益はどのようにして生まれるのかが出ているので、さっそくAmazonに注文。

電子ブックについてもいろいろ情勢を教えていただいた。多謝。

夜はTCの高橋信夫さんはじめ関係者の皆さんと久しぶりに集まる。アメリカから大津波が来る。日本の対応は?われわれはどう対処すべきか? 盛り上がったというにはいささか真剣な飲み会になった。

たとえば、あと3年間走り続けることができない乗用車は日本中で1%もないはず。ということは向こう3年間、1台も新車が売れなくても、実用的な使用価値に関するする限り誰も困らないわけだ。

自動車の需要というのが実は幻想の消費だったというのが暴露されてしまったのが今回の経済危機の深刻な点だろう。不動産バブルのときには地上屋その他のハイリスクなマネーゲームの崩壊だった。しかし今回はトヨタ、ソニー始め日本の繁栄の屋台骨を支えてきた製造業そのものが危機に直面している。

当面の危機を乗り越えたとしても、日米の経済は単純に元には戻らないのではないかという予感がする。良くも悪くも、別の経済モデルへの移行が始るのではないか?

 「護衛艦あたご漁船清徳丸衝突事件」に対して横浜地方海難審判所の裁決が出た。

裁決主文は以下のように述べて指定海難関係人(一般裁判でいえば被告人)である海上自衛隊に事故の責任を認め、改善勧告を行った。(強調は引用者。以下同様)

海上自衛隊第3護衛隊群第3護衛隊が,あたごの艦橋と戦闘情報センター間の連絡・報告体制並びに艦橋及び戦闘情報センターにおける見張り体制を十分に構築していなかったことは,本件発生の原因となる。

指定海難関係人海上自衛隊第3護衛隊群第3護衛隊(旧第63護衛隊)に対して勧告する。

船の運行の最高かつ最終責任者である艦長(舩渡健1佐)に責任を認めず、当直責任者の水雷長(長岩友久3佐)に事故の責任を認めたものの勧告を行わなかったなど、手ぬるいといえば手ぬるい。しかしあたごが艦長以下、当直体制を遵守せず、レーダーを的確に使用せず、安全意識をまったく欠いたまま混雑する野島崎沖を漫然と航行して惨事を引き起こしたことが公式に認定されただけでも一歩前進ではある。

詳しくは上記リンクの裁決本文を参照していただきたいが、簡単にいえばこうだ。

03:40ごろ、あたご見張員が清徳丸らの白灯を発見したが、当直士官はレーダーで的確に状況を把握せず、CIC(戦闘指揮所)にも連絡せず、次に当直士官にも引き継がなかった。

03時40分C指定海難関係人は,…右見張り員からの報告を受け,艦首右舷33度ないし43度9海里ないし12海里のところにH丸(総トン数4.8トン)…及び清徳丸から成る漁船群の掲げる白灯のうち3個を初めて認め,その灯火の水面上高さなどからこれらを小型船のものと判断し,また,たOPA-6Eで測的を行ったところ,これらが十数ノットの速力で南西方に航走していたにもかかわらず,遠距離で対象物が小さくその映像が安定していなかったこと,レーダーの調節が適切でなかったこと,あるいは十分な時間をかけて継続的に測的を行わなかったことなどから,測的の結果が速力約1ノットと表示されたので,同白灯を操業中の漁船群のものと憶断し,次直へ引き継ぐ必要がないと思い(込んだ)。

次直士官も灯火を確認したが前直の士官同様的確にレーダーを操作せず、行き会い関係にないものと思い込み注意を払わず漫然と自動操舵による航行を続けた。

04時00分B指定海難関係人〔当直士官・水雷長〕は,野島埼灯台から187.5度23.8海里の地点に達したとき,清徳丸が艦首右舷40.5度2.2海里のところに存在し,同船のマスト灯及び紅色舷灯を視認でき,その後同船に明確な方位変化がなく,同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する状況であったが,依然,I丸やH丸の動向に気を奪われ,清徳丸に対する動静監視を十分に行わなかったので,この状況に気付かず,右転するなどして同船の進路を避けることなく進行した。

要するに清徳丸の灯火を20分も前から視認していたにもかかわらず動静を見誤ったまま突っ込んでいったわけだ。完全な脇見運転、居眠り運転である。

B指定海難関係人は,04時06分わずか過ぎ信号員が「漁船近いなぁ,近い,近い,近い。」と声を発し,右舷ウイングに向かったので,視線を右方に移したとき,清徳丸の紅色舷灯を右舷側近距離に視認し,04時06分少し過ぎ「機関停止,自動操舵やめ。」と令し,続いて月明かりにより同船の船影が見えたので,汽笛吹鳴スイッチを押して短音等を6回吹鳴し,ほぼ同時に後進一杯を令したが及ばず,04時07分少し前野島埼灯台から190度22.9海里の地点において,あたごは,ほぼ原速力のまま,326度を向いたその艦首が清徳丸の左舷ほぼ中央部に後方から47度の角度で衝突した。

結局、海難審判所は海上自衛隊に事故予防の体制づくりが十分でなかったとして改善勧告を行ったが、当直士官(水雷長)始め乗組員は単に「注意」を受けただけだ。人が2人も殺されているのにそんなことでいいのだろうか。

当直士官がトラックの運転手であれば自動車運転過失致死の罪で懲役5年の実刑でもおかしくない。艦長も運行管理者としてやはり刑事民事の責任を問われたケースだろう。(補足:当直士官の水雷長は海難審判で指摘された過失に関して今後、過失致死罪で捜査、起訴される可能あり。)

裁決主文にはなぜか舵を取ったことが記録されていない。衝突の危険を感じたら即座に面舵(右舵)一杯を取るのは操船の基本中の基本だ。舵を取らず漫然と進行したのであれば理解しがたい。

「艦首が清徳丸の左舷ほぼ中央部に後方から47度の角度で衝突した」とある。清徳丸はわずか7.7トンの小型漁船だ。ほんの数メートルずれていればかわせたはずだ。「漁船近い」の声を聞いてから衝突まで1分ある。清徳丸の舷灯を見た瞬間にまず「面舵一杯」を発令していればたとえ分け波、あるいは船腹への接触で転覆させたとしても死亡事故だけは避けられた可能性があるのではないか?

いずれにせよ、あたごの艦長以下、士官のシーマンシップは最低だったという他ない。

問題は単なる海の交通安全ではない。海洋通商国家である日本にとってネイビーの重要さは現在ますます高まっている。莫大な国費を投じたあげく、新鋭主力艦がこんなありさまで有事に対応できるのか? 誰かが改革に向けて強引なリーダーシップを発揮しなければならないところだが…

アップデート:あたご事故で海自への勧告確定へ、2審請求見送り方針と報じられている。

昨年5月、オリンピックを控えてチベットでの抗議活動が激しさを増していた折り、私はチベットの近代史を考える―マキシム機関銃とロシア工作員というエントリをアップ、フランシス・ヤングハズバンドについて簡単に書いた。この伝説の探検家・軍人・外交官について、日本でいかに知られてないかは、「ヤングハズバンド チベット」でGoogle検索すると、依然として私のこのエントリがトップ近くに来ることでもわかる。

ところが、上の記事を書いた後で、なんと日本人によって書かれた500ページを超す大部のヤングハズバンド伝が出版されていた。白水社刊、金子民雄著「ヤングハズバンド伝 激動の中央アジアを駆け抜けた探検家 」だ。やっと今日この本に気づいたので謹んでご紹介する。

著者・金子氏は「ヘディン伝」(中公文庫)など中央アジア史を中心に多数の著訳書があるこの分野の権威だ。本書の執筆にあたっては実の娘デイム・エイリーン・ヤングハズバンドを始め、あたうかぎりの1次情報を博捜したという。脱稿後もさらに十数年店ざらしになっていたのをついに白水社が公刊したのだという。

さっそくグルの戦いの項を開いてみると、戦闘の陣形図が掲載されていた。チベット軍は石積みの防壁の北側に陣取り、英軍主力はその南側に詰め寄り、互いに数メートルの至距離で睨みあう態勢になっている。このときマキシム機関銃4門は東側の丘の斜面からチベット軍の側面を見通す位置に据えられていた。

昨年5月のエントリに「敵密集陣の側面を掃射する」という機関銃戦術の基本を解説するビデオをエンベッドしておいた(残念ながら現在は削除)。歴史上、機関銃が組織的な会戦に投入されたほぼ最初の例であるグルの戦いですでにその形が成立していたことになる。

本書についてはさらにじっくり読んでから、おってまた報告したい。

出版社の経営者、営業担当者向けの純然たる業界専門書だが、「インターネットの利用」を強く訴えているところが、おもしろかった。

本書では2007年版のインターネット白書を引用して、「買物のためにインターネットで情報収集した商品分野」と「実際にインターネット経由で購入した商品分野」の両方で書籍・雑誌が1位になっていることをそれぞれ1ページのグラフで説明している。

またこれに関連して、「オンライン書店で売れている本の多くはネットで露出された出版物であるという事実」を強調し、「これからの出版社は販売ツールとしてネットを活用することが絶対に必要」と呼びかけている。

また著者は返品率の高さを問題にして、取次にも返品ルールの厳格化を求めるなどシビアな提言を行っている。

巻末の「赤伝(返品伝票)」とか「ぼうず(スリップの上部の丸い部分」など業界用語をまとめた豆辞典もおもしろい。

「ソーシャルウェブ入門」(技術評論社)の滑川です。今、GoogleやIT仕事術について一般向けの本を準備しています。そこでGoogleのビジネスの柱、文脈(検索)連動広告について実際に運用してみようとアカウントを作ってみました。

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朝日新聞の桧山直樹さんとランチ。メディアのデジタル化についていろいろ意見交換。デジタル化、ネット化は「歴史の必然」だが、アメリカの新聞の例で、ネット化は伝統的メディア企業のビジネスをどうしてもシュリンクさせるることが見えてきた。さてどう対応すべきなのか? 遅かれ早かれ大きな痛みを伴う構造改革が避けられまい。

午後は幻冬舎にお邪魔。小木田新書編集長と懸案のGoogle本について打ち合わせ。構成をご説明。自分としてはかなり目鼻がついた感じ。一気にいくぞ(ときっぱりw)。

その後、ソシオメディア社長の篠原さんにもKindle持参で合流していただく。小木田さんに篠原さんをご紹介。KindleとiPhoneのデモ。Kindle予想よりずっと良い。これについては別項でくわしく。


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